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アリゾナの聖なる渓谷「ツェギ・キャニオン」での発見:ナバホ族の案内人が見つけた唯一の骨格
セギサウルス(学名: Segisaurus halli)は、ジュラ紀前期(プリンスバッキアン期〜トアルシアン期・約1億8300万年前)の北アメリカ大陸南西部、現在のアメリカ合衆国アリゾナ州に生息していた極めて小型の肉食・昆虫食恐竜(獣脚類・コエロフィシス上科)です。これまでに発見された化石は世界でたった1体(頭骨を欠く部分骨格)のみですが、その小さな胸元に保存されていた「1本の骨」が、のちに「鳥は恐竜から進化したのか」という世紀の大論争を解決する歴史的な証拠となったことで知られています。
ホロタイプ標本(UCMP 32101)は1933年、アリゾナ州北東部のナバホ・ネイション(先住民ナバホ族の居留地)にある美しい赤色砂岩の渓谷「ツェギ・キャニオン(Tsegi Canyon)」において、ナバホ族のマックス・リットル氏によってナバホ砂岩層(Navajo Sandstone)から偶然発見されました。調査隊を率いていた考古学者・探検家のアンセル・フランクリン・ホール(Ansel Franklin Hall)氏がこの発見の重要性に気づき、カリフォルニア大学古生物学博物館(UCMP)のチャールズ・キャンプ(Charles Camp)博士へと標本が託されました。
1936年、キャンプ博士によって正式に記載論文が発表され、発見地の渓谷名「Tsegi(セギ)」と、調査隊長のホール氏への献名を合わせて、新属新種「セギサウルス・ハリ(Segisaurus halli)」と命名されました。キャンプ博士は、この恐竜がまるで抱卵する鳥のように脚を折りたたんで座り込んだ姿勢(ねぐら姿勢)のまま砂嵐に埋もれて化石化したと記録しています。
実寸サイズとガチョウ大のスケール:全長約1.0メートル・全高約0.4メートルの小さな砂漠の住人
セギサウルスの唯一の標本(亜成体または小型の成体)に基づく実寸サイズは、全長約1.0メートル、水平姿勢における腰高での全高約0.4メートル(首を上げた頭頂高で約0.5メートル)、推定体重約5キログラム(約4〜7キログラム)と算出されています。
現代の成人男性(身長約1.7メートル)がセギサウルスの隣に立った場合、その背中の高さ(全高約0.4メートル)は大人のふくらはぎから膝下ほどにすぎず、長い尾を含めても全長約1.0メートル、体重約5キログラムという、現代のガチョウや小型犬(柴犬の子ども)ほどの愛らしいミニチュアサイズです。しかしその小さな骨格は非常に引き締まっており、バネのように長い後肢(すねの骨と足の甲)を使って、砂の上をぴょんぴょんと跳ねるように素早く走り回ることができました。
恐竜から鳥類への進化を証明した「V字型の鎖骨(叉骨)」と充実した長骨の謎
セギサウルスを古生物学の教科書に欠かせない存在にしたのは、肩の周囲に完全な形で保存されていた「鎖骨(さこつ)が癒合した叉骨(さこつ:ウィッシュボーン)」の存在です。
20世紀初頭、ゲルハルト・ハイルマンが著書『鳥類の起源』の中で「鳥類には立派な鎖骨(叉骨)があるが、獣脚類恐竜には鎖骨が退化して存在しないため、恐竜は鳥の先祖にはなり得ない」と主張し、これが半世紀以上にわたって学界の定説となっていました。ところが1936年に記載されたセギサウルスには、首の付け根にV字型につながった明確な鎖骨が存在していたのです。当初この重要な発見は見過ごされていましたが、2005年にマシュー・カラーノとジョン・ハッチンソンらがセギサウルスの標本を最新技術で再調査し、これが紛れもなく鳥の叉骨(ウィッシュボーン)と同じ構造であることを再確認しました。これにより、原始的なコエロフィシス上科の段階からすでに叉骨が存在し、それがそのまま鳥類へと受け継がれたことが決定的に裏付けられました。
またもう一つの特徴として、一般のコエロフィシス類の骨がパイプのように中空であるのに対し、セギサウルスの足の骨は内部が詰まった充実骨に近い構造をしており、小型ながらも丈夫な脚を持っていたことが判明しています。
ジュラ紀前期「ナバホ大砂漠」の過酷な砂丘環境と昆虫・小動物を狙う生態
セギサウルスが生息していた約1億8300万年前の北米西部(ナバホ砂岩層)は、現在のサハラ砂漠をも凌駕する地球史上最大級の乾燥砂漠(エルグ:大砂丘地帯)が広がっていました。見渡す限りの赤い風成砂丘が連なる過酷な環境でしたが、モンスーンの季節になると砂丘の谷間に湧き水による小さな湖(オアシス)が出現し、そこにはトクサやシダ、針葉樹が生い茂っていました。
この砂漠のオアシスには、初期の植物食恐竜(原竜脚類)であるアンキサウルス類や、ワニに近い小型の原鰐類(プロトスクス)、哺乳類に近いトリティロドン類、そして無数の甲虫やサソリ、トカゲたちが暮らしていました。全長1.0メートル・体重5キログラムのセギサウルスは、3本の指に鋭い鉤爪を備えた器用な前肢と素早い脚力を活かし、砂丘の岩陰に隠れた昆虫やトカゲ、小型の哺乳類を掘り出して捕食する「砂漠の凄腕ハンター」としてたくましく生き抜いていたのです。