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「骨戦争」の最中に発見された「中空の尾」:コエルロサウルス類の名前の由来となった歴史的名属
コエルルス(学名: Coelurus fragilis)は、ジュラ紀後期(キンメリッジアン期〜チトニアン期・約1億5500万年前〜1億5000万年前)の北アメリカ大陸に生息していた小型の肉食恐竜(獣脚類・コエルロサウルス類・コエルルス科)です。のちにティラノサウルスやヴェロキラプトル、そして現代のすべての鳥類をも包含する獣脚類の一大進化系統「コエルロサウルス類(Coelurosauria:虚骨竜類)」の名称の由来となった、恐竜分類学の歴史において極めて重要な基準属(タイプ属)です。
ホロタイプ標本(YPM 1991〜1993)は1879年、19世紀アメリカの熾烈な化石発掘競争「ボーン・ウォーズ(骨戦争)」の最中に、イェール大学の古生物学者オスニエル・チャールズ・マーシュ(Othniel Charles Marsh)の調査隊員であったウィリアム・リードによって、米国ワイオミング州コモ・ブラフの「リード採石場13号(モリソン層)」から発見されました。この採石場はステゴサウルスやカンプトサウルスの化石が大量に見つかった歴史的産地でもあります。
1879年、マーシュ博士はこの小型恐竜の尾の骨(尾椎)の断面を観察し、骨の壁が紙のように薄く、内部がほぼ完全に空洞(中空)になっていることに驚嘆しました。彼は古代ギリシャ語の「koilos(中空の・空洞の)」と「oura(尾)」を組み合わせて属名を「コエルルス(中空の尾)」、ラテン語で「壊れやすい・華奢な」を意味する言葉を種小名とし、「コエルルス・フラギリス(Coelurus fragilis)」と命名しました。1914年にはフリードリヒ・フォン・ヒューネが本属を基準として「コエルロサウルス類」という分類名を創設しています。
実寸サイズとスレンダーなスケール:全長約2.4メートル・全高約0.8メートルの軽量ランナー
コエルルスの模式標本(同一の骨格に由来することがのちに確認された全身の大部分の骨)から復元される実寸サイズは、全長約2.4メートル、水平前傾姿勢における腰高での全高約0.8メートル(首を持ち上げた頭頂高で約0.9〜1.0メートル)、推定体重約20キログラム(約15〜20キログラム)と算出されています。
現代の成人男性(身長約1.7メートル)がコエルルスと並んで立った場合、その背中の高さ(全高約0.8メートル)は大人の股下から腰骨のあたりに達し、鼻先から尾の先端までは全長約2.4メートルとかなりの長さがありますが、骨が徹底的に中空化されているため体重約20キログラムと、中型犬1頭分ほどの驚くほど軽い体をしていました。同じモリソン層に生息していた近縁のオルニトレステス(全長2.0メートル・体重15キログラム)と比較すると、コエルルスは首と胴体がより細長く、後肢の足の甲(中足骨)がスラリと長く伸びた、より高速走行向きの流線型プロポーションをしていました。
極限まで軽量化された「空気の骨」と、オルニトレステスとの混同から復活までの紆余曲折
コエルルスの学名の由来となった「中空の骨」は、現代の鳥類と同じように、肺から伸びた「気嚢(きのう)」と呼ばれる空気の袋が脊椎骨(首・背中・尾の骨)の内部にまで深く入り込み、骨を内側からくり抜くようにして形成された「含気骨(がんきこつ)」です。特に首の骨(頸椎)は1つ1つが非常に長く、表面に大小の空気穴(気腔)が無数に開いており、しなやかで長いS字型の首をわずかな筋力で素早く動かすことができました。また、前肢の上腕骨が独特なS字型に湾曲し、3本の長い指を備えた手もよく発達していました。
実は20世紀後半(1980年)、ジョン・オストロム博士らによって「コエルルスとオルニトレステスは同じ恐竜(シノニム)ではないか」と提唱されたことがあり、一時期はオルニトレステスがコエルルスに吸収されかけた歴史があります。しかし1980年代後半から2005年にかけて、ケネス・カーペンターらがイェール大学ピーボディ博物館に保管されていたコエルルスの全標本を徹底的に再調査した結果、両者は明確に異なる別属であることが証明されました。オルニトレステスが短く頑丈な首と頭を持っていたのに対し、コエルルスははるかに細長い首と脊椎、そして華奢で長い下顎の骨(歯骨)を持っていたのです。
ジュラ紀後期の巨大恐竜帝国「モリソン層」を駆け抜けたスピードハンター
コエルルスが生息していた約1億5000万年前の北米西部(モリソン層)は、地球史上最も多様な巨大恐竜たちがひしめき合う生態系でした。広大なシダ平原や針葉樹の疎林には、アパトサウルスやディプロドクス、カマラサウルスといった数十トン級の竜脚類が群れをなし、アロサウルスやケラトサウルスなどの大型獣脚類が頂点捕食者として君臨していました。
この巨竜たちの帝国において、全長2.4メートル・体重20キログラムのコエルルスは、その究極まで軽量化された骨格と長い脚による圧倒的なスピードを最大の武器としていました。大型肉食恐竜に狙われれば風のように走って逃げ切り、狩りの際にはその長い首と器用な前肢を活かして、開けたシダ平原や川辺に潜むトカゲ、カエル、小型哺乳類、昆虫、あるいは小型の鳥脚類(ナノサウルス等)の幼体を素早く仕留めていたと考えられています。さらに近年の系統解析では、コエルルスは初期のティラノサウルス上科やコンプソグナトゥス科に極めて近い位置にある重要な進化の鍵として再評価されています。