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名前の由来と生息環境・分類
アウストラロベナトル(学名: Australovenator)は、ラテン語で「南の」を意味する「アウストラリス(australis)」と、「狩人・捕食者」を意味する「ベナトル(venator)」を組み合わせたもので、「南の狩人」という学名を持つ、中生代白亜紀前期〜中期(約9,500万年前、セノマニアン期)のオーストラリア大陸に生息していた肉食恐竜です。種小名の wintonensis は、最初の模式標本が発掘されたオーストラリア東部クイーンズランド州の内陸の町「ウィントン(Winton)」に由来します。発見地周辺がオーストラリアの国民的愛唱歌『ワルチング・マチルダ』のゆかりの地であることから、本種には愛称として作中の詩人にちなんだ「バンジョー(Banjo)」というニックネームが付けられています。2009年、オーストラリアの古生物学者スコット・ホックナル(Scott Hocknull)博士らの研究チームによって正式に命名・記載されました。
当時のオーストラリア大陸は、ゴンドワナ超大陸の解体期にあって南極大陸とまだ陸続きあるいは近接しており、極圏に近い高緯度地域でありながら、温帯性の冷涼湿潤な気候のもとで鬱蒼としたナンヨウスギやイチョウ、シダ植物が生い茂る森林や網の目のような大河川・氾濫原が広がっていました。ウィントン累層(Winton Formation)のこの豊かな水辺生態系において、アウストラロベナトルは小型から中型の植物食恐竜を俊敏に追撃して仕留める、オーストラリア大陸史上最も完全な骨格が知られる生態系の頂点捕食者でした。
分類学上は、竜盤目獣脚亜目テタヌラ類のメガラプトル類(Megaraptora)、メガラプトル科(Megaraptoridae)に属します。メガラプトル類は長年、カルノサウルス類のアロサウルス上科(ネオベナトル科近縁)とする説と、ティラノサウルス上科に近い基底的コエルロサウリアとする説の間で議論が二分されてきましたが、近年の南米産新種(マイプなど)の発見により、コエルロサウリアの系統に位置づける見解が極めて有力視されています。
人間との実寸サイズ比較・6メートルの俊敏な南半球スプリンタースケール
成体のアウストラロベナトルは、全長約6.0メートル、全高約2.0メートル、推定体重約500キログラムに達しました。水平に強靭な尾をピンと伸ばして前傾姿勢をとる二足歩行において、腰の高さ(寛骨臼高)は約1.5〜1.6メートルに達します。
現代の成人男性(身長約1.7メートル)との実寸サイズ比較において、アウストラロベナトルの全高約2.0メートルという頭部の高さは人間の頭頂部を軽々と見下ろす威容を誇ります。腰の高さだけでも成人の胸から肩の高さに匹敵し、細身でしなやかな体つきは「白亜紀のチーター」と称されるほど無駄な脂肪や過剰な重骨を削ぎ落としたアスリート体型です。
体重約500キログラムという質量は現代の成熟した大型ヒグマやサラブレッド競走馬に匹敵し、骨格内部の高度な含気化(軽量化)と長大な脛骨が生み出す推進力により、時速約40〜50キロメートル近い驚異的なトップスピードで疾走できたと考えられています。人間が間近に対峙した場合、瞬時に間合いを詰められる圧倒的な俊敏性と、巨大な鉤爪を構えた殺傷能力の高さに息を呑むことになります。
生態と巨大な親指の鉤爪・メガラプトル類の特殊な狩猟法
アウストラロベナトルの最大の特徴は、一般的な大型獣脚類(ティラノサウルスやカルノタウルスなど)とは対照的に、並外れて長く発達した筋肉質な前肢(腕)と、その親指(第1指)に備わった長さ約25〜30センチメートルに達する巨大で鋭利な鎌状の鉤爪です。
同時代のウィントン層には、大型竜脚類のディアマンティナサウルス(Diamantinasaurus)やウィントノティタン、鳥脚類のクンバラサウルスなどが生息していました。アウストラロベナトルは、頭骨の噛む力だけに頼るのではなく、この強大な前肢を胸の前で勢いよく振り下ろし、親指の巨大鉤爪を獲物の肉深くに突き刺してホールドする狩りを行っていました。獲物の自由を奪った上で、薄く鋭利なブレード状の歯で急所を切り裂くという、メガラプトル類独自の高度な狩猟術を完成させていたのです。また、倒れた大型竜脚類の死骸を効率よく処理する腐肉食動物(スカベンジャー)としても活動していたと考えられます。
最新の古生物学知見と前肢生体力学解析が明かした抱え込み機構
2010年代以降、クイーンズランド博物館のマシュー・ホワイト(Matt A. White)博士らの研究チームは、アウストラロベナトルの極めて保存状態の良い前肢骨格の3Dデジタルスキャンデータを用いた詳細な関節可動域および生体力学シミュレーションを実施しました。その結果、アウストラロベナトルの前肢は左右の可動範囲が極めて広く、獲物を両腕で強く「抱え込む(ベアハグ)」ような強力な屈曲・引き寄せ運動が可能であったことが実証されました。
さらに、後肢の足根骨と中足骨の衝撃吸収構造の解析から、不整地でもバランスを崩さずに急旋回できる卓越した機動性を持っていたことが確認されました。オーストラリアという隔絶された南半球の生態系において、北半球のティラノサウルス類とは全く異なる独自の進化経路を辿り、最速のハンターとしての頂点を極めた進化の奇跡を示す傑作標本です。